昭和初期当時、神楽経験者が久々茂地区の地元青年団に伝え、年2回の地元神社の祭りに市内社中より衣裳などを借りて神楽を奉納し、引き継がれてきました。昭和39年本格的な石見神楽の担い手を目指して、地元の援助も受け、衣裳や道具などを購入し、久々茂社中を結成しました。また、昭和43年には後継者育成にため地元の子供たちに声をかけ、久々茂子供神楽クラブを結成し、昭和45年大阪で開催された万博世界の祭り出演を機に、石見神楽久々茂保存会と名を改め現在に至っています。