団体紹介

種神楽保存会
 種神楽保存会の発祥は古く、江戸時代末期頃、氏子が種地区神社の祭典等に(下巫女(したみこ))として宮司に仕え、共に舞っていたことから始まります。 明治の初め、「神職演舞禁止令」により神職神楽が廃止され、当時の氏子達が集まり、下種座を結成し、師匠は、下種八幡宮の神職野村氏でありました。やがて、下種座と宇治座が一つになり、種神楽座の出現となります。 
 種神楽座は、野村・伏谷・小牧三家が神楽を受け持ついわゆる神楽の家で伝統を伝えており、やがて、両見家が加わり4家となり、12名で種神楽座は活動していましたが昭和37頃集団就職の到来により長男が家を出る事態となり、4家だけでは神楽を守りきる事が出来ない状態となりました。そこで、団員を補うため、神楽好きを募り、地元の小学校、中学校、高校生に神楽を指導して継者育成に努めました。神楽には衣装・太鼓が必要で、設立当時は地元の方々に支援してもらい衣装を作ったり、手縫いで出来る物は自分達で作成し、破損には補修を重ね、少ない財源の中からどうしても新調しなければならない衣装だけを購入するようにし活動をしてきました。今でも、結成当時の野村・伏谷・小牧の3家は、長男が地元に残り石見神楽の伝承に日々励んでいます。調子も明治20年代までは6調子で行われ、以降8調子を取り入れています。
 組織名も種神楽座、種盛式座、種神楽社中、そして現在の名種神楽保存会は昭和48年に改正されました。昔は現在とは異なり、神楽といえば、神社の祭りごとに限られていたものが、今では地区内外の催し事に声を掛けられ積極的に出演し、皆さんに喜ばれています。団員も高校生から70歳代までと年齢の巾が広く、又、昔は考えられなかった女性の加入もあり、時代の流れを感じ、団員相互が持ち場立場でお互いに切磋琢磨しながら、日々励んでいます。その努力が認められ、昭和52年5月23日益田市民俗芸能無形文化財指定の認定を受けました。これからも150年の歴史を土台に、種地域にしっかり根を生やし、基本を失うことなく地域に貢献し、伝統を守っていきたいと思います。