島根県西部の石見地域で演じられる神楽のことです。その由来は古く、平安末期から室町時代に石見一円で、 農耕神的なものとして村々に祀られる集落の神「大元神」を信仰した田楽系の行事が原型と言われています。
江戸時代には出雲佐陀神楽が、歌舞伎や能の所作と融合させた神話劇の神能を演ずるようになり、その佐陀神能が爆発的に石見に波及され演劇化されていきました。
明治の法律改正により、その土地の人々が神楽を演舞するようになると、リズムは旧来型の六調子の他に、活発な石見人の気性そのままに勇壮な八調子とよばれるテンポになるなど、改革も活発化し、現在は古事記や日本書紀を原典とするものなど演目も30数種にのぼり、スケールも大きくなっています。 「神事」でありながらも「演芸」的要素が濃く、ストーリーも明解。 舞もお囃子も激しく、胸のすくような爽快さと勇壮さがあるのが特長です。