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柿本人麻呂かきのもとのひとまろ

柿本人麿

天武・持統・文武の三天皇の時代(7世紀後半から8世紀前半)に宮廷歌人として仕え、万葉集に多くの歌を残しています。後世「歌の聖」や「和歌の神様」と崇められる人麿ですが、その経歴は定かではありません。万葉集の和歌以外に残された資料はなく、歌の情景から想像することしか出来ない、実にミステリアスでロマンティックな存在です。
益田市は、万葉集に残された歌の中で人麿の死を哀悼した挽歌や、その昔益田沖に存在した島「鴨山」での辞世句があったことから、人麿終焉地として有力候補の一つとなっています。

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